ナノ領域における電子物性にはスピン自由度が顕著に表れ、電子のスピン・電荷が素励起と共に織り成す多彩な物理現象が発現します。我々の目標は、量子力学的・相対論的現象を自在に操ることでこの学理を開拓し、既存のデバイス原理を遙かに超える新しい電子技術の物理基盤を創出することです。

具体的な研究は多岐に渡りますが、現在の主なテーマは以下の通りです。
1.
空間反転対称性の破れた系におけるスピン流の量子物性
2.
スピントロニクス現象の分子制御
3.
素励起とスピン流の相互作用が生み出す物理現象
4.
トポロジカル絶縁体やトポロジカルスピン構造を用いたスピントロニクス

これまでの主な研究成果は以下の通りです。

スピントロニクスデバイスの性能を最大化
Spin-orbit torque manipulated by fine-tuning of oxygen-induced orbital hybridization
Yuito Kageyama, Yuya Tazaki, Hongyu An, Takashi Harumoto, Tenghua Gao, Ji Shi, and Kazuya Ando
Science Advances 5, eaax4278 (2019).

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現代の電子デバイスは、電子の電気的性質を利用することで動作しています。しかし、電子は電気的性質「電荷」だけでなく、磁気的性質「スピン」も持っており、電子の電荷に加えてスピンを利用することで、高性能・低消費電力な電子デバイスを実現する新しい電子技術としてスピントロニクスがあります。スピントロニクスデバイスの機能を担うのは、磁性体(磁石)の磁化(N極/S極)の電気的な制御です。最近では、磁化を制御するために、デバイス内のスピン軌道相互作用を利用した手法が注目されており、この作用で生まれるトルク(スピン軌道トルク)を用いることで、高速性と不揮発性を兼ね備えた記憶素子をはじめとする様々なスピントロニクスデバイスの駆動が可能となります。

本研究グループは、このようなスピントロニクスデバイスの性能を最大化する鍵となるのは、デバイス内部の電子密度分布の精密な制御であることを見出しました。これにより、原子レベルでのスピントロニクスデバイス設計の重要性が初めて明らかになりました。今後、新現象に関する基礎研究が進み、超高速・低消費電力のスピントロニクスデバイス開発がさらに加速されることが期待されます。



化学の力で電子のスピンをコントロール
Molecular engineering of Rashba spin-charge converter
Hiroyasu Nakayama, Takashi Yamamoto, Hongyu An, Kento Tsuda, Yasuaki Einaga, and Kazuya Ando
Science Advances 4, eaar3899 (2018).

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電子の電気的性質(電荷)の流れである電流に加え、電子の持つ磁気的な性質(スピン)を利用するスピントロニクス技術によって、電子デバイスの飛躍的な性能向上が実現されてきました。スピントロニクス技術に特有な機能は、電子のスピンの流れ「スピン流」によって担われます。最近では、さらに高速・省エネルギーなデバイスを目指し、電流とスピン流の変換にスピン軌道相互作用を用いる方法が注目を集めています。これまでの研究により、半導体素子では、スピン軌道相互作用の強さを外部から制御する手法が確立されており、これにより可能となる様々な機能性が提案されています。しかし一方で、金属をベースとしたスピントロニクス素子では、スピン軌道相互作用を制御することは非常に困難であることが知られていました。

今回、本研究グループは、有機分子を使ったこれまでにないアプローチで、金属スピントロニクス素子におけるスピン軌道相互作用をコントロールし、電流とスピン流の間の変換効率を向上させることが可能であることを明らかにしました。さらに、光照射により構造を変える有機分子を用いることで、スピントロニクス素子の光学的制御を実現しました。

2018330日:化学工業日報 朝刊5 「金属スピントロニクス素子 有機分子で機能制御 慶応大」
2018328日:fabcross (web) 「慶應大、有機分子で電子のスピンを制御変換効率の向上が可能に」
2018327日:Optronics online 「慶大,スピントロニクス素子の光学的制御を実現」



絶縁体を使ったスピントロニクス素子の新たな動作原理を発見
Current-induced magnetization switching using an electrically insulating spin-torque generator
Hongyu An, Takeo Ohno, Yusuke Kanno, Yuito Kageyama, Yasuaki Monnai, Hideyuki Maki, Ji Shi, and Kazuya Ando
Science Advances 4, eaar2250 (2018).

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電子のスピンを利用することで、電子デバイスを高速化・低消費電力化する電子技術「スピントロニクス」では、磁性体(磁石)の磁化(N極/S極)をいかに制御するかが鍵となります。最近では、磁化を制御するために、デバイス内のスピン軌道相互作用を利用した手法が注目されており、この作用で生まれるトルク(スピン軌道トルク)を用いることで、高速かつ低消費電力な素子駆動が可能です。しかし、スピン軌道トルクを生み出すためには、磁性体に接合された金属に電流を流す必要があるというのがこれまでの常識であり、金属に電流が流れることで発生するエネルギー損失を避ける唯一の方法は、表面のみが金属性を有するトポロジカル絶縁体を利用することでした。

今回、本共同研究グループは、金属を酸化させることで電流を流さなくなった金属酸化物絶縁体を用いても、スピントロニクス素子を駆動可能であることを世界で初めて明らかにしました。この発見により、スピントロニクス素子に流れた電流によって発生するエネルギー損失を極限まで抑えた低消費電力素子を実現する新たな道が開けました。今後、今回明らかとなった新現象に関する基礎研究が進み、超高速・低消費電力のデバイスの開発、およびそれを用いた省エネルギー社会の実現への道が開けることが期待されます。

201835日:化学工業日報 朝刊10 「スピントロニクス素子 金属酸化物絶縁体で駆動」
201831日:EE Times Japanweb 「効率はトポロジカル絶縁体に匹敵:金属酸化物絶縁体でスピントロニクス素子を駆動」
2018227日:Optronics online 「慶大ら,スピントロニクス素子を絶縁体で制御」



銅を酸化させると白金を超える性能を発揮
Spin-torque generator engineered by natural oxidation of Cu
Hongyu An, Yuito Kageyama, Yusuke Kanno, Nagisa Enishi, and Kazuya Ando
Nature Communications 7, 13069 (2016).

Stacks Image 5
電子デバイスを高速化・低消費電力化する次世代電子技術「スピントロニクス」では、磁性体(磁石)の磁化(N極/S極)をいかに高速に制御するかが鍵となります。最近では、磁化を制御するために、デバイス内のスピン軌道相互作用を利用した手法が注目されています。この作用で生まれるトルク(スピン軌道トルク)を利用すると、従来の10倍以上の高速で磁化を制御することが可能です。しかし、これまでは白金やパラジウムといったレアメタルの使用が必要不可欠と考えられており、元素戦略上の大きな問題となっていました。

今回、本研究グループは、古くから広く産業で用いられてきた銅を自然酸化させるだけで、最も高性能なスピントロニクス材料の1つである白金に優るスピン軌道トルクを生み出せることを明らかにしました。この発見により、レアメタルを使わずにスピントロニクスデバイスを実現する道が初めて開けました。これまで注目されてこなかった金属の酸化によって生まれるスピントロニクス現象の基盤研究が進み、超高速・低消費電力のデバイスの開発、およびそれを用いた情報化社会の実現への道が開けることが期待されます。

20161014日:EE Times Japanweb)「銅を自然酸化、巨大なスピン軌道トルクを生成」
20161013日:鉄鋼新聞 朝刊5 「慶応大の研究グループ 次世代電子技術で新手法」
20161012日:マイナビニュース(web)「銅を酸化するだけでレアメタルスピントロニクス材料を上回る効率に - 慶大」
20161012日:日刊工業新聞 朝刊29 「スピントロニクスデバイス、銅の酸化で高性能に慶大が発見」
20161011日:NHK(ニュースチェック11, BSニュース, NHKラジオ)
20161011日:NHK NEWS WEB 「レアメタル使わずに次世代技術可能に」



磁気の流れによる新しい磁気抵抗効果を発見
Rashba-Edelstein Magnetoresistance in Metallic Heterostructures
Hiroyasu Nakayama, Yusuke Kanno, Hongyu An, Takaharu Tashiro, Satoshi Haku, Akiyo Nomura, and Kazuya Ando
Physical Review Letters 117, 116602 (2016).

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磁気抵抗効果は物質に磁石を近づけると物質中の電気抵抗が変化する現象で、センサ等に幅広く利用されている身近な現象です。今回、スピン軌道トルクと磁気抵抗効果を精密に測定することで、ビスマス/銀界面における電流-スピン蓄積相互変換現象を介した磁気抵抗効果の存在が初めて明らかになりました。この発見は、現在世界規模で研究が進められているスピン流およびスピン軌道トルクの利用技術の基盤となる新しい知見であり、今後、省エネルギースピントロニクスデバイスの実現に向けて大きな推進力となることが期待されます。

2016912日:Optronics online 「慶大,磁気の流れによる磁気抵抗効果を発見」



磁気の流れ(スピン流)の増大原理を初めて解明
Nonlinear spin-current enhancement enabled by spin-damping tuning
Hiroto Sakimura, Takaharu Tashiro, and, Kazuya Ando
Nature Communications 5, 5730 (2014).

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電子は電気と磁気両方の性質を併せ持っており、電気の流れである電流のみを利用してきた従来のエレクトロニクスに対し、磁気(スピン)の流れ「スピン流」を利用することで次世代の省エネルギーデバイスの実現を目指すスピントロニクスに関する研究が近年世界的規模で進められています。スピン流の示す最大の特徴は、電流を流さない絶縁体中でもマグノン(注2)と呼ばれるスピンの波を利用できる点にあり、この性質を利用することで、電流だけでは実現不可能であった新原理のデバイスを生み出せると期待されています。

今回、絶縁体から金属へと流れ出すスピン流を精密に測定することで、スピン流量が絶縁体中のマグノンの寿命によって決定されていることが初めて明らかになりました。寿命の長いマグノンを作り出すことでスピン流を増大できるという、これまで未知であったスピン流の増大原理を解明したものです。この発見は、現在世界中で研究が進められているスピン流利用技術の基盤となる知見であり、電流の代わりにスピン流を用いることでエネルギーロスを極限まで抑えた次世代省エネルギー電子技術への大きな推進力となることが期待されます。

20141212日:財経新聞 「慶應大、電子スピンを利用したデバイスの実現に繋がるスピン流の増大原理を解明」
20141212日:livedoor NEWS「慶應大、電子スピンを利用したデバイスの実現に繋がるスピン流の増大原理を解明」
20141211日:Yahoo!ニュース「慶応大、スピン流量が絶縁体中のマグノンの寿命により決定されることを解明」
20141211日:マイナビニュース 「磁気(スピン)流の増大原理を初解明」
20141210日:Science Portal 「磁気(スピン)流の増大原理を初解明」



導電性高分子中で磁気の流れを作り出すことに室温で初めて成功
Polaron Spin Current Transport in Organic Semiconductors
Shun Watanabe, Kazuya Ando, Keehoon Kang, Sebastian Mooser, Yana Vaynzof, Hidekazu Kurebayashi, Eiji Saitoh, and Henning Sirringhaus
Nature Physics 10, 308 (2014).

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従来のエレクトロニクスが電気のみを利用してきたのに対し、磁気(スピン)の流れ「スピン流」を利用することで超低消費電力デバイスや量子コンピュータの実現が可能となるため、これまで金属や無機半導体といった材料でスピン流に関する膨大な研究が行われていました。しかし、フレキシブルかつ印刷が可能で更に安価であるといった優れた特徴を持つ次世代のエレクトロニクス材料である導電性高分子中にスピン流を作り出すことは困難であり、その性質はほとんど理解されていませんでした。

今回、磁気のダイナミクスを利用することで導電性高分子中にスピン流を作り出すことに成功し、これまで未解明であった有機材料中のスピン流の特異な性質を明らかにしました。この発見は、他の物質と比較して著しく長いスピン情報保持時間を示す有機材料の特長を利用した次世代省エネルギー電子技術への大きな推進力となることが期待されます。

2014317日:化学工業日報6面「スピン流の性質解明 慶応大、導電性高分子中で作製 省エネデバイス開発に道」
2014318日:環境ビジネスオンライン(web)「慶応大、電気を流すプラスチック中での磁気の流れを解明」
2014319日:日刊工業新聞(web)「慶大、導電性高分子にスピン流を作ることに成功-安価なプラスチック製」
2014319日:マイナビニュース(web)「慶応大、導電性高分子中でスピン流を作り出すことに室温で成功」
2014319日:日刊工業新聞27面「導電性高分子にスピン流」



塗るだけで出来上がる磁気-電気変換素子
Solution-processed organic spin-charge converter
Kazuya Ando, Shun Watanabe, Sebastian Mooser, Eiji Saitoh, and Henning Sirringhaus
Nature Materials 12, 622 (2013).

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電子は電気と磁気両方の性質を併せ持っており、電気のみを利用してきた従来のエレクトロニクスに磁気(スピン)の性質を積極的に取り入れることで、量子コンピュータや超低消費電力デバイスといった新しい機能・特性をもつ次世代省エネルギーデバイスを目指す「スピントロニクス」が、近年世界的規模で盛んに行われています。スピントロニクスによるデバイス実現のためには、デバイス内に蓄積されたスピン情報の読み出しが不可欠であり、安価に作製可能なスピンを電気に変換する「スピン-電気変換素子」の開発が急務でした。

今回、既に安価に製造されているプラスチックが、磁気-電気変換素子の原料として利用可能なことが明らかになりました。これにより、フレキシブルで大面積化が可能な低コスト「磁気-電気変換プラスチック」の作製が可能となり、環境負荷の極めて小さな次世代の省エネルギーデバイス開拓への大きな推進力となることが期待されます。

201358日:日経産業新聞7面「磁気を電気に変換、東北大・慶大、導電性プラ系素材」




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シリコンはコンピュータや携帯電話といった現代の電子機器を構成する最も重要な半導体材料です。次世代の省エネルギー電子デバイス技術として電子の電気的性質(電荷)の流れである電流の代わりに電子の磁気的性質(スピン)の流れ「スピン流」を利用するスピントロニクスが注目を集めていますが、シリコンは優れた材料特性によりスピントロニクスにおいても中心的な役割を担うことが期待されています。一方でシリコンベースの量子コンピュータや超低消費電力情報処理スピンデバイスといったスピンを利用した次世代電子デバイスを実現するためには、スピン流による情報演算の結果や蓄積されたスピン情報を読み出すため、スピン流を電気信号に変換する技術を確立することが最重要課題の一つでした。

今回、電子のスピン情報と軌道運動を結びつける相対論的効果によって、シリコン中のスピン流を電気信号として読み出すことに成功しました。本研究成果により、成熟した現代の電子デバイス製造プロセス技術と極めて整合性の高いシリコンスピントロニクスへの道が開かれ、環境負荷の極めて小さな次世代省エネルギーデバイス開拓への大きな推進力となることが期待されます。

2012312日: MRS Bulletin (37, 186 (2012)) "Inverse spin Hall effect observed in silicon " Steven Spurgeon.
201223日:科学新聞4面「東北大金研 相対論的効果を利用 スピン流を電気信号に変換 シリコンスピントロニクスへ道
2012119日:日経産業新聞「東北大 超省エネ演算処理前進電流に代え「スピン流」
2012118日:日刊工業新聞「東北大 シリコン中のスピン流電気信号変換に成功次世代素子実現へ一歩



あらゆる物質で利用可能な新たなスピン流注入手法を発見
Electrically tunable spin injector free from the impedance mismatch problem
K. Ando, S. Takahash, J. Ieda, H. Kurebayashi, T. Trypiniotis, C. H. W. Barnes, S. Maekawa, and E. Saitoh
Nature Materials 10, 655 (2011).

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近年、電子の電気的性質の流れである電流の代わりに、電子の磁気的性質の流れ「スピン流」を利用するスピントロニクスが次世代の省エネルギー電子情報技術として期待されています。量子コンピュータや超低消費電力情報処理デバイスといった、スピンを利用した次世代電子デバイスを実現するためには、あらゆる物質に利用できる汎用的なスピン流の注入方法を確立することが最重要課題です。しかしスピン流を作り出すことは容易ではなく、これまで物理的な制限から非常に限定された物質にしかスピン流を注入をすることはできませんでした。

今回、磁気のダイナミクスを利用することで、上記制限を一切受けない極めて汎用的なスピン流注入手法を発見しました。さらにこの方法は電界により制御可能であることを明らかにし、これにより従来用いられてきた方法の1000倍以上のスピン流を作り出すことに成功しました。

本研究成果によって、金属だけでなく半導体・有機物・高温超伝導体といったあらゆる物質への高効率なスピン流注入が容易に可能となり、スピントロニクスデバイス設計の自由度が大きく拡大されることで、環境負荷の極めて小さい次世代省エネルギー電子技術への貢献が期待されます。

201195日:NPG Asia Materials “Spintronics: Pumped injection” (doi:10.1038/asiamat.2011.132).
2011823日:Nature Materials, News and Views "Spintronics: Taming spin currents" I. Žutić and H. Dery.
2011628日:日経産業新聞9面「電子の磁石「スピン」材料に簡単注入東北大超省エネ基板技術に」
2011627日:日刊工業新聞17面「スピン流1000倍超注入に成功」
2011627日:化学工業日報「東北大とJAEA新スピン流注入手法を発見」